熊本県倫理法人会

096-288-9398

お知らせINFORMATION

1月15

馬場口一利・後継者倫理塾運営委員長が講話:「意味づけ力」

3/1/13(水)熊本県 水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー 

1月13日、水俣芦北倫理法人会のモーニングセミナーでは、熊本県倫理法人会 馬場口一利・後継者倫理塾運営委員長((有)正文堂代表取締役)が、「意味づけ力」をテーマに講演されました。以下は、講話の要旨です。

私は、昭和328月、熊本市内の文房具店の長男として生まれました。大学を卒業した後、東京の文房具店の会社で4年半ほど働いて、熊本へ帰りました。父は、私が31歳の時に社長を譲りました。10年間は右肩上がりでした。しかし、文具のカタログ販売やホームセンター、百円均一で文具が販売されるようになってから、文房具店はなくなる、と思いました。すぐに店を閉めて、建物を建てて、営業を中心にした仕事を始めることにしました。

「ホームページ制作」と「スチール家具等の営業」を二本柱にして、会社を経営していきました。Web制作は、専門学校を卒業した人を4人雇い入れましたが、5年から10年経過して一人前になります。そういう人を育てながらだんだん信頼を得られる会社になってきました。

ところが2年半前に、10年間勤務した女性から「退職したい」と言われ、びっくりしました。その女性は、わが社では、ピッチャーで4番バッターのような“トップ選手”だったのです。頭が痛くなりました。その時の気持ちを、日記に「絶望! 後悔! ……」など超マイナスの言葉を書いていました。給料の面や休日などの改善案を提案しましたが、無駄でした。

ちょうど悩んでいるその頃に、東京へ家族旅行に行くことになりました。妻と子供5人で行きましたが、私は2回、東京のモーニングセミナー会場を探して参加しました。湯島の会場では、75歳の経営者の方が講話をされ、100人以上の方が参加していました。とてもオーラのある方で、60歳で会社をつぶしたが、その後会社を興して、現在年商4000億円の企業になったというお話をされました。それを聞いた私は、自分がいかに小さい人間かということに気づきました。

次の日、築地本願寺で行われたモーニングセミナーでは、参加された方は少なかったものの、講師の方が、会社の人事畑の人でキャリアコンサルタント資格のある方でした。この出会いを通して、キャリアコンサルタントについて調べ、私も資格取得を決意し、熊本に戻る羽田空港でその専門学校の申し込みをしました。すると、気持ちが転換されました。今度は、人を辞めさせないような会社作りをしようと思いました。

受講申し込みしたら教科書が8冊ほど送られてきました。12月から3月までの間、土曜と日曜日講座があり、それから試験日までは、休日も外に出ないで勉強しました。10月からスタートする熊本県倫理法人会の後継者倫理塾の仕事も決まっていたので、「絶対役に立つ」と思い、勉強に集中することができました。7月に受験があり、8月の発表で合格。キャリアコンサルタントの国家資格を取得することができました。

熊本の同じ資格を持つ人と友達になり、仕事を立ち上げることになりました。ホームページでは、採用専門のページを特化して作成したり、採用と定着支援のプログラムを作成し、面談の指導や技術を提供し、新しいビジネスを展開しています。現在、7人のチームができており、キャリアコンサルトの人たちと仕事をすると、今までと違うビジネスになり、ワクワクしています。

一人の社員さんが辞めたことで、がっくりきたけど、全然違う展開が起きています。激変する世の中ですが、偶然起きたことを好機にするスキルを身につけ、自分の力にしていくことを学びました。今から、ビジネスの環境も変わります。いいことも悪いことも受け止めてやれば、次に新しいことができます。

私は、幼少のころから母についていって倫理を学びました。平成12年8月、倫理法人会に入会して20年以上になりますが、「倫理は、単なるいい人になる会ではなく、自分を根底から改善してくれる!」、「倫理って凄いな!」と思えるようになったのは、ここ45年です。ご清聴ありがとうございました。

この講話文は、講話者の了解をいただいて掲載しています。

12月28

令和3年1月の予定

水俣芦北倫理法人会の1月の経営者モーニングセミナー予定は、別紙のとおりです。

1月6日(水)は、WEBのみで行いますが、ほかの週は、「会場とWEB(Zoom)」で開催します。新年もどうぞよろしくお願いいたします。

12月24

次回モーニングセミナーは、1月6日(水)から始めます

今年も残り少なくなってきました。次回の経営者モーニングセミナーは、令和3年1月6日(水)から行います。来週12月30日は、休会します。今年1年間、当水俣芦北倫理法人会に訪問していただき、誠にありがとうございました。よい年末年始をお過ごしください。

12月18

「倫理活動で見つけたもの」テーマに、吉見和晃・県南副地区長が講話

2/12/16(水)熊本県 水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー
12月16日、水俣芦北倫理法人会のモーニングセミナーでは、熊本県倫理法人会 吉見和晃・県南副地区長(吉見自動車 代表者)が、「倫理活動で見つけたもの」をテーマに講演されました。以下は、講話の要旨です。
私は、昭和47年8月生まれの48歳です。熊本県氷川町で自動車販売、整備、損害保険等の仕事をしています。父親が創業し、52年目になり、私は2代目の代表者で、従業員は7名。家族的な経営で事業を営んでいます。
平成16年に、会社のお客様であり、地元で農業法人を経営しておられる方から、倫理法人会のモーニングセミナーを紹介されて、何の躊躇もなく八代北倫理法人会に入会しました。会員の皆さんの笑顔、元気の良さ、バラエティに富んだ方々の姿を見ながら、講話や会員スピーチがかなり参考になりました。
約10年間は、誘われたら参加する程度でした。地元消防団や地域活性化のために、家庭はそっちのけになり、子育ては妻に任せっきりになり、学校の行事にも参加せず、家族との約束も守れない状態でした。妻との会話もだんだん少なくなり、子供との距離も離れていきました。
平成26年に役員になり、モーニングセミナー委員長(1年)、専任幹事(2年)、会長(3年)として運営する方になり、倫理活動でいろいろな体験をするようになって、とても勉強になりました。というのは、会長になってから会の運営が、会社の運営と似ていると気づきました。役員さんとの向き合いは、社員さんとの向き合いと同じ。どうしたら自分の思いを伝えることができるか、伝え方の勉強になりました。
どのようにして会を盛り上げるか?は、チラシをどう制作し、どこに配るかなどについて考えますが、会社で言えば、車の展示会をして盛り上げたりするのとイコールのような関係だと思いました。会でのことがヒントになって会社で使えたり、会社でのことがヒントになって会で活用することが出来たり、参考になることがたくさんありました。
その一つに、会社で活力朝礼を導入することができました。思い切って社員に打ち明けました。「売り上げをアップし、皆さんの給料アップ、生活向上をかけて活力朝礼を取り入れたい」と話しました。心配もありましたが、すんなり受け入れていただきました。「挨拶実習」、「ハイの実践」、「職場の教養輪読」などマニュアル通りの活力朝礼を始めたところ、「気持ちよかった」とか「元気が出る」という前向きの感想を聞くことができ、今まで4年間続けています。
朝礼は15分間行いますが、中身も7ACTS(セブンアクト=7つの基本動作)の唱和を入れたり、「きのうの良かった報告」をしていただき、変化してきています。「良かった報告」では、「孫が生まれた」とかいろいろなことを発表されて、いろいろな考えを知ることができたり、社員さんの健康状態がわかるなど、活力朝礼を取り入れて良かったと思います。
今年2月に富士研修センターに行き、禊(みそぎ)を体験するチャレンジコースに参加したことが、私の転機になりました。「対立」から「受容」する意識を体感する実習です。己に打ち克つというより、他人の為一切の状況を受け入れるという覚悟(愛)を体感します。参加した後も、毎日風呂上りにします。今の時期は冷たいですが、両親や先祖、奥さんに対して、「今日も一日、ありがとう」。お客様、社員、地域の皆様に対して感謝の言葉を述べて、一日の様々なことを洗い流してすっきりします。これをすることで、一日の整理ができるようになり、謙虚にさせていただいています。
家庭も和やかになり、有難いです。普及により仲間づくりをすることで、色々なことを気づかせていただいています。これからも切磋琢磨して、倫理活動を楽しんでいきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

この文章は、講話者の承諾をいただいています。

12月13

「成功の秘訣」テーマに、塩川哲郎・法人SVが講演

2/12/9(水)熊本県 水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー

12月9日、水俣芦北倫理法人会のモーニングセミナーでは、(一社)倫理研究所 法人局 塩川哲郎・法人スーパーバイザー((株)Coach喜働 専務取締役)が、「成功の秘訣」をテーマに講演されました。以下は、講話の要旨です。

倫理法人会に入会して約20年になりますが、最初の頃は苦難の迎え方が分かりませんでした。苦難は、生活の誤りが危険信号として現れるので、その原因が分かってくると、人生が変わってきます。生活の誤りは、心の不自然さから出てきます。朗らかな豊かな潤いのある心になれば、治ってしまいます。明朗さがポイントです。

自分は明るい方だと思っていましたが、倫理を勉強しているうちに、自分は気分屋であって、機嫌がいいときは明朗ですが、機嫌が悪いときはそうではないと気づきました。特に家では機嫌が悪い時がしばしばありました。

誰よりも愛して結婚したはずの奥さんなのに、とんでもない言葉を奥さんに投げたりしていました。両親の姿を見て、それが普通だと思っていました。

44歳の時に、我が家で事件がありました。旅行に行った帰りに、赤福をお土産に買って帰りました。家族が喜んでくれる光景を思い浮かべて、家に着いて「ただいま!」と言いましたが、返事がありませんでした。誰も振り向いてくれず、テレビのお笑い番組を見ていました。私の指定席には子供が座っており、移動しようともしません。ついに私は怒り出して、「くだらないテレビばっかり見て! お前はそっちへ行け!」と言ってしまいました。すると子供たちは、テレビを消して2階に行ってしまいました。子供たちは誰もいなくなり、ご飯を寂しく食べることになりました。妻から、「楽しくみんなで見ているのに、あんな言い方するからよ」と言われました。

子供たちから返事がなくて、私が不機嫌になったのは、結局私が寂しいからでした。自分は子供みたいだと、初めて気づきました。このさびしさは劣等感からきていました。小さいころから父親に、「支度が遅い」と何度言われたかわかりません。自分はダメという劣等感が刷り込まれていました。

その後また、社会人になった娘の帰りが遅い日が続いたときに、娘に怒ったことがありました。立て続けに怒鳴りました。その娘と1週間口をききませんでした。その頃のモーニングセミナーの講話で、「心配するのは、相手を信じていないからです。愛ではありません。困ったときは、困った本人だけが学べます」と言われました。家内に、「娘は何か困っていることはないか」と、聞いたら、「お父さんに困っている」と言われ、私はその瞬間やっと目が覚めました。娘のことは、信じて温かく見守ることにしました。

それから1週間後くらいに、「お父さん!」と娘に、久しぶりに声をかけられました。娘が、「私たちのことをすっかり信頼してくれているね。とてもうれしい。そのまま変わらないでね」と言われました。その夜、二人で飲みに行くことになり、娘に対して「お父さんは、間違っていた。ごめんね」と心から詫びました。そこで仲直りして、それから家族全員が仲良くなりました。

妻が旅行に行ったりすると、私は妻に対して不機嫌になっていましたが、劣等感をもつ人間の癖だと気づいてから、喜んで送りだすように転換できました。妻は、今では旅行や会合にも頻繁に行くようになりました。そういうことに自分が気づいてから、仕事上でのお客様の層がとても良くなってきました。私は、「成功イコール幸福」と思っていて、体が健康で、家庭が幸せで、事業がうまくいくことが成功だと思います。苦難は、幸せの入り口です。倫理の仲間としてこれからもずっと倫理を学んでいきましょう。ご清聴ありがとうございました。

12月04

「岩永醤油、水害復興について」水俣芦北MSで、岩永幸三社長が講話

2/12/2(水)熊本県 水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー
12月2日、水俣芦北倫理法人会のモーニングセミナーでは、水俣芦北倫理法人会 岩永幸三・会員(岩永醤油合名会社 代表社員)が、「岩永醤油、水害復興について」をテーマに講演されました。以下は、講話の要旨です。
水害状況から話します。7月4日早朝、携帯電話のアラームが鳴りました。防災避難勧告でした。私は、消防団に入っているので、消防で出かけないといけないと思いました。案の定、午前2時ごろ電話がかかってきて、「消防だから出て来てほしい」と言われました。玄関を出たら、消防車が待っていてくれました。土嚢を取りに行きました。管轄の地区で土地が低いところは、水がすでに来ていました。住宅街を長靴で歩いて行きました。長靴の上から水が入ってきて、足はびしょびしょでした。多くの人たちが深夜にもかかわらず起きていて心配そうでした。
近くにある、消防詰め所もつかり始めました。備え付けの発電機が水につかり始め、自分の会社の機械を思い出し、心配になって一度消防団を離れ醤油屋にもどりました。しかし工場はすでに浸水していて、息子を起こして、弟と私と3人で事務所のパソコンや帳簿などを避難させ始めました。コピー機も高いところに上げましたが、それ以上に水が来て、何にもなりませんでした。84歳の父も2階に運び、避難させました。結局、父親が寝ていたベッドも浸かりました。4日朝水が引いて、川向の友人も「どぎゃんなっとやろか!」と半分開き直っていました。今でも夢のような感じがします。
片付けに追われて、何をしていいかわからない期間が1か月ほどありました。水の支援やボランティアの方が「いるものはないですか」と訪ねて来られるようになり、文具を頂きノートを付けるようにしました。1ヶ月以上は、泥出しとごみの片付けに終始していました。
熊本市内の車屋さんが、安否確認も含めて「困っていませんか?」と言われて、すぐにトラックを1台持ってきてくださいました。うちの車はすべて水没しました。トラックが届いて、ゴミ出しなどとても助かりました。シャッター屋さんも町を見回りに来られて、サンダーで壊れたシャッターを開けていただきました。木樽が15個ありましたが、全部動いていました。地元の建設会社の方が重機で外に出してくれました。
最初から、何かわからないけどプラス思考でいました。「100年に1回大掃除をしろ!」と神様が言われているのだと思いました。この状況を発信しようと思いました。「人助けが必要!」ということを発信しないと、この状況はかわらないと、私の心の中で危機感を感じました。テレビや新聞の取材も受けました。支援物資やお見舞いに多くの方が来られました。有難いの一言です。
クラウドファウンディングを芦北町商工会などの勧めで始めました。業者の方とテレビ会議で3回ほど打ち合わせして、8月から9月にかけて行いました。このことが熊日新聞でも取り上げられ、目標以上の寄付が集まりました。醤油の老松(おいまつ)を9月下旬に発売し、配達もできるようになりました。3か月で回復したのは、早かったと思います。無事に発売出来てほっとしました。待っておられる方も多くて、出荷も多かったです。

テレビに出たりして復旧に頑張っていることを商工会の先輩に会った時にほめていただき、笑顔になりました。「私、困っています」と叫ぶことは、「受援力」(じゅえんりょく)という力だそうです。プラス思考で行動したことは良かったようです。(以下略)

この講話は、講師の了解をいただいて掲載しています。

11月26

「ご縁に感謝」、印口八男・八代市普及拡大委員長が講話

2/11/25(水)熊本県 水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー
11月25日、水俣芦北倫理法人会のモーニングセミナーでは、八代市倫理法人会 印口八男・普及拡大委員長((有)クイックシステム 代表取締役)が、「ご縁に感謝」をテーマに講演されました。以下は、講演の要旨です。
私は、昭和24年1月、宮崎県椎葉村に生まれました。42年、熊本県立球磨工業高校機械科を卒業後、愛知県豊田市の亀頭工業(株)に就職、多点溶接機(後の溶接ロボット)機械加工、組み立て、検査などの仕事をして、工程管理、品質管理、原価管理などについて学びました。長兄が交通事故で他界したため、私が帰省しなければならないと思ってUターンしました。
47年5月、熊本市内の(株)オオバに入社、面接時に、「将来独立したいので、一から教えて下さい」と“独立宣言”をしてしまいました。社長も立派な人で、配達から集金、技術職を経験させていただきました。営業に転向してから、主に熊本県南地区を担当。53年に八代営業所開設と同時に所長に就任しました。
オオバの大庭政信社長は、私の育ての親です。その社長から手紙をいただいたことがあり、「人は良いときは寄ってくるが、悪いときは離れてゆく。私は良いときも悪いときも、君のそばにいます」と書いてあり、感動した覚えがあります。
平成3年8月に、八代市の現在地にて独立開業しました。独立するときに女房に言ったら、「食べていければいいじゃない」と言われたことが、とても励みになりました。キャノンの代理店となりOA機器を販売したり、携帯電話が流行りだしたときにパナソニック系列ドコモ取次店を併設しました。またパソコン教室や資格スクール・大栄教室も開設しました。
倫理法人会には、最初お付き合いで入会しました。しばらくして「もういいでしょ」と言って、退会していました。ところが、八代市倫理法人会の役員の方が熱心に誘ってくださり、パソコン教室にも通われたので観念して、平成24年5月に、再入会しました。
その後、八代市倫理法人会の広報委員長、副会長・普及拡大委員長を拝命しながら、倫理を学びつつ普及を進めてきました。丸山竹秋2代目理事長の言葉で「人にすすめることが信念をつくっている。人のためにが、自分のためになる」とあります。空気清浄機を会社で取り扱っているのですが、すでに150台の実績があります。一生懸命にやっていると応援者が現れるということが裏付けられました。
子供のことで、倫理指導を受けたことがあります。当時の方面長からは、「啐啄(そったく)の実践すなわち、雛がかえるとき、殻の内側から合図があるので、親はそれを見逃さないで手伝うこと」を指導されました。当時の私は、後継者として子供を育成しようと無理に親の言い分を押し付けたことを反省しています。ひたすら待つことを学び、辛抱強い親になり感謝しています。
30年1月、富士研に参加しました。「恩の遡源(そげん)」という体験学習で、最も大切なのは、わが命の根源は両親である、と学びました。その後、墓参り、トイレ掃除、清潔清掃の心がけ、食器洗い、洗濯やアイロンがけもするようになり、富士研の学びがとても大きいです。
(以下省略)
講話の内容は、講師の承諾をいただいて掲載しています。
11月20

「私を支えた妻の一言」テーマに、矢加部尚武・法人レクチャラーが講話

2/11/18(水)熊本県 水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー

11月18日、水俣芦北倫理法人会のモーニングセミナーでは、法人レクチャラー、福岡県倫理法人会の矢加部尚武氏(普及拡大副委員長(株)三和不燃ボード工業 代表取締役)が、「私を支えた妻の一言」をテーマに講演されました。以下は、講演の要旨です。

私は、20012月筑後倫理法人会に入会しました。きっかけは、「職場の教養」との出会いです。知り合いの会社の「職場の教養」を使った朝礼を見て、これがほしくて入会しました。会社の朝礼で活用してみると、社員さんが前向きの感想を言うようになり、一人一人の気持ちが見えるようになりました。それまで社員さんの気持ちがほとんど分かっていなかったことに気づきました。それから、退職する人がいなくなりました。

1993年9月専務取締役に就任したころは、バブル崩壊のただ中で国内で商品が売れなくなり、海外へ目を向けるようになりました。台湾に進出してしばらくは業績は上がりましたが、またそこでも価格競争が行われ、きびしくなりました。しかし、中国に工場を建設して生産し、日本で販売することにしました。サンプルはすばらしい商品だったので、すぐに採用されて喜ばれました。

この時は、家内にも相談せずに独断で進めました。倫理的にはこれが心の間違いだったのです。しかし、売上も上昇し、成功したと思いましたが、半年したくらいからクレームが出るようになりました。だんだん資金繰りが苦しくなり倒産の危機に陥りました。

当時、筑後倫理法人会の会長をしており、「職場の教養」1月号の表紙に、当社を掲載したいので取材したいとの要請がきました。私は、2月には倒産するのではないか思っていたので、1月号に掲載されても迷惑がかかると思いお断りしましたが、藤崎部長(当時)は、「先の事はわかりませんよ、やってみなさい」と倫理指導を受け、1月号にわが社の記事が、<すべてはうまくいっている>というスローガンのもと、みんなの笑顔の写真が掲載されました。私は、顔でニコニコ笑ってましたが心で泣いていました。

2008年1月の売上は半分になり2月の資金繰りは最悪で、うつ(鬱病)状態になっていました。支払いまであと10日というときに、清川百子先生に倫理指導を受けましたが、「頑張ってね」とだけ言われました。

2日前の23日に、やっとそのことを妻に話しました。妻は、うつ状態の私を見ながら、いつも明るくふるまってくれていました。その時、妻は、「お父さん!これ乗り越えたら、凄いね。これを乗り越えたら、法人レクチャラーのネタになるじゃない!」と言いました。私は、それを聞いて、「ワッハッハー」と1か月ぶりに大笑いしました。妻も笑ってくれました。

それから、私の気持ちがすっかり変化しました。もし事業がどうかなったとしても、妻は私についてきてくれるなあ、と思いました。夫婦でまた一からやり直せばいいと腹が座り、「命があればなんとかなる」という気持ちに変わりました。

会社の再建計画を作って、取引先に行き説明しました。「倒産だけはしないで下さい」と言われ、11月から返済するという条件を、受け入れてくれました。奇蹟と思いました。私情雑念を捨てることができたのは、家内の一言でした。本当に前向きになりました。清川先生から、倫理指導の手紙が届きました。それには、「①日の出とともに太陽に挨拶、②会社へのあいさつ、③社内のトイレ掃除、④書類の整理整頓、⑤会社周辺の清掃」など5項目倫理指導が書かれており、翌日の早朝から一生懸命に行いました。

一番最初に太陽を拝んだ時に、涙がボロボロとこぼれました。なんで出たのかわかりません。その後エネルギーが湧いて出てきたことがわかりました。それから、止まっていた頭が回り始め、この苦難を乗り越える知恵がどんどん湧いてきました。10日くらい経って、私のお客様の紹介で、ある商社が訪ねて来て弊社の在庫(約2000万)を一時に買うということになり弊社は救われました。これは奇蹟です。奇蹟が起こったのです。(以下省略)

 

この文章は、講話者の了解を得て掲載しています。

11月17

「私を支えた妻の一言」11/18水俣芦北MSのご案内

11月18日水曜日午前6時から、標記のテーマでMSが開催されます。講師は、倫理経営インストラクターであり、福岡県倫理法人会の矢加部尚武相談役((株)三和不燃ボード工業 代表取締役)です。zoomでの参加も可能です。「私を支えた妻の一言」に興味を覚えた方は、ぜひともご参加ください。

11月12

村上尊宣会長が、水俣芦北MSで講話

2/11/11(水)熊本県 水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー

11月11日、水俣芦北倫理法人会のモーニングセミナーでは、熊本県倫理法人会の村上尊宣・会長((株)エコファクトリー代表取締役)が、「コロナ禍を追い風に変える倫理経営~運命自招~」をテーマに講演されました。以下は、講演の要旨です。

コロナ感染症が広がっている中、大きな課題と向き合って仕事をされていると思います。わが社は、昨年最高の売り上げと利益で決算を締めることができました。今年になって、全国の代理店から、「営業ができない」、「訪問先に伺えない」という声が出てきました。半年後、1年後のわが社はどうなるかという非常に大きな不安にかられてきました。

明るいはずの心がだんだんすさんでいくような自分自身になっていきました。経営者は責任があります。社員さんの生活、我々自身の家族、取引先があります。まさに、心配症が顔を出した状況でした。

そうした中で、家庭倫理の会の「朝の集い」に参加した際、婦人講師の方が講話で、「コロナウイルスさんのおかげで、主人が出張に行かれず、家で一緒に過ごす時間が長くなってうれしいです」と話されました。「コロナウイルスさん」という受け取り方は、新鮮で聞いたことがない言葉でした。一方では、大変な状況で困っており、一方では、明るく受け取っている方もあります。受け取り方次第だと思いました。その時いらい、泉のようにいろいろなことが浮かんできました。

私は、環境の仕事をしています。省エネ、エコの仕事です。海面上昇や、豪雨災害が発生したりするのも地球温暖化の影響です。低炭素社会に向けて、国際会議や運動を行っても、一向に変わりませんでした。しかし、コロナウイルスが世界中に広がった結果、世界中の飛行機や船も止まってしまい、二酸化炭素が急速に下がったそうです。

すべての生命の複合体が地球です。人類も生かされています。コロナウイルスさんは、地球生命体の叫びではないか、と気づきました。これは意味があると思います。私は、まさに気づいた瞬間、心のもやもやがなくなり、透き通った感じがしました。自分の心が変わった瞬間に、ある方から連絡が入りました。

それは、北九州の会社が開発した抗ウイルスという技術に関するものでした。ウイルスが抗ウイルスフィルターに付着して、短時間に減少するという技術で、画期的なものでした。私は、その会社の社長を早く紹介していただきたいとお願いして、さる4月1日には、全社員にその技術についてお話していただきました。「これはいける」と思いました。その後、2か月間で商品化にこぎつけました。

今は、びっくりしますが、熊本市電や市営バスにも当社の技術が採用されています。「人の喜びはわが喜び」と、相手に喜んでいただくことを学び、それを即行で実行しました。4か月で、3万パックの製品を工場から出荷することができました。この商品は、今の当社の大きな柱になっています。

コロナ禍を追い風に変えるというのは、どこから生まれたかというと、私の心です。経営者の心の持ち方次第です。経営者が、明るく、朗らかに、元気な活力を維持していけば、打つ手は無限の方法が出てきます。社員の皆さんは、そういう姿を見て協力してくれています。

私は、コロナウイルスさんを拒否しようとしていました。しかし、受け入れた瞬間に、未来が変わっていきました。私達一人一人の経営者が、切磋琢磨しながら、色々な気づきを自分の実生活、事業生活、社会生活に、即行で生かしていく。コロナ禍で悩んでおられる方に是非お伝えして、潜在能力を発揮していただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。