熊本県倫理法人会

096-288-9398

お知らせINFORMATION

7月02

内田英一・熊本市倫理法人会会長が「純粋倫理」について講話

令和271日、熊本県水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー

講話:熊本市倫理法人会 内田英一・会長((有)内田漁具店 取締役)

テーマ:「純粋倫理の実践と使い方と気づき」

 

昭和385月生まれ、57歳。釣具店の3代目。会社はきびしくて、現在過度期にあります。平成2年に、『職場の教養』と出会いました。18年、会社の取引先から『職場の教養』を1部だけ送っていただいて読むようになりました。24年に、ナイトセミナーに参加して「万人幸福の栞」を買い、読んでいました。25年の50歳の誕生日に熊本市倫理法人会に入会し、幹事を経て、令和元年9月に会長を拝命、現在に至っています。

私は、小さいころから両親が仕事で忙しくて、学校の運動会や授業参観に一度も来てもらえませんでした。それで、自分の家族がほしい、と思っていました。家族のために生きて、家族みんなが幸せになって、それを見るのが幸せだと思います。

倫理は、夫婦・伴侶が一番です。そして家族優先なので、倫理はすばらしいと思います。何故倫理を学ぶかというと、消極的な考えとしては、わがままを取り除くためであり、積極的な考えとしては、純情(すなお)な気持ちを持ち続けるためです。

私は、わがままの連続でした。商売は、自分が売りたいものがある。利益になるものや、いいものを売りたいわけです。倫理を学んですなおになったら、相手が欲しがるものを売るようになりました。倫理は、「即行即止」を奨励しますが、これが一番効果あります。見積もりを出してほしいと言われて、即行で出します。すると、また見積もりが増えます。凄いです。

倫理の先輩から、「会議は始める時間だけでなく、終わりをキチンとしないといけない」と言われて、だらだら続いていた会議の終わりの時間を、キチンと終わるようにしました。「止めることも即行」と教えていただきました。止めることによって、いい方向に向かっていくのです。

「目標」と「目的」は、よく似た日本語ですが、意味は全然違います。私たちは、「日本創生」が目的であり、「ゆるぎない7万社」が目標だと思っています。「日本創生」は、遠くのものではなく、自分の周りの人たちを幸せにして、会社をいい企業にすることだと思います。目標を持つことは大事ですが、ただ目標だけで目的がなかったら、困難にぶつかったとき、断念してしまうかもしれません。

倫理では、「『イエス』か『はい』しかない」と言います。まず「イエス」と受け入れることは気持ちがいいです。すごく気持ちがいいことを理解する。賛成か反対かは、別の話です。「ノー」と言うのは、気持ち悪いです。私は、小学生のころから、「謙虚になれ!」と言われてきました。相手に対して謙虚になり、行動することが、純情(すなお)だと思います。誰に対してもも、すなおになれたらいいと思います。ご清聴ありがとうございました。

6月25

県認定レクチャラー 池澤千恵子・熊本北倫理法人会幹事、「『職場の教養』16年」を語る

令和2624日、熊本県水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー

講話:熊本北倫理法人会 池澤千恵子・幹事(医療法人いけざわこどもクリニック

常務理事・看護師長)

テーマ:「ダイバーシティと朝礼の未来~『職場の教養』16年」

 

昭和43年大阪生まれ。沖縄返還の年に、父のふるさとである沖縄に、家族で移住しました。父は事業を始めては失敗を繰り返していたので、母が苦労して私たちを育ててくれました。父の母(祖母)が同居していましたが、認知症、その後脳溢血で寝たきりになり、私の母は7年間祖母の介護をしました。母はよく頑張ったなあ、と思います。

18歳の時、母親を煩わせないで生きるためには、私は看護師になるしかないと思い、福岡に出て、聖マリア病院で働きながら、看護学校に通い、夜は居酒屋でアルバイトをしました。私は、苦労したという思い出はなく、とても楽しかったです。

看護学校を卒業してから就職し、がん病棟に配属されました。遺体を拭く仕事をしながら、「どんな人も裸で亡くなる、あの世には何も持っていけない。生きているうちに大切なことは何だろう」と思うようになり、細胞に染み込むような経験が大事だと考えました。今の私の価値観にも影響を与えています。

ある日、母の主治医から電話があり、「がんが見つかり余命1年です」、と言われました。沖縄に帰って母に親孝行をしようと思って就職活動を始めたときに、主人と出会い、トントン拍子に結婚がきまりました。

平成5年に結婚退職し、10年間専業主婦になりました。できることはすべて自分でやろうと決意して、節約生活をしました。平成14年に熊本県西合志町に「いけざわこどもクリニック」を開院しました。16年に医療法人を設立し、常務理事兼看護師長として勤務しています。

開院と同時に億単位の借金をしたので、一刻も早く返したいと思いました。病院が自宅と一緒だから、主人と二人で夜中も患者さんを受け付け、24時間働きました。喜んで働きました。どんどん患者さんが来ました。1日40人くらいの患者さんを想定していましたが、2.5倍の100人を連日突破していました。法人化してから、目線が変わり、スタッフの言動が一つ一つ気になるようになり、「いい病院をつくろう」と思いました。たくさんの病院を訪問して、どのような教育をしているか聞いて回りました。

ある病院を訪問した時、「こんにちは」の挨拶を聞いて、衝撃が走りました。今までに聞いたことのない「こんにちは」でした。何かやっていると直感しました。そこでは、朝礼で『職場の教養』を使っていました。今から16年前の『職場の教養』との出会いでした。すぐに倫理法人会に入会し、『職場の教養』を使って朝礼をするようにしました。最初は反発もありましたが、いろいろな工夫を重ね、現在のやり方に至っています。

2年前から、モーニングセミナーに通うようになり、「7アクト」や「万人幸福の栞」の凄さを痛感しています。病院の朝礼でも「3分スピーチ」を取り入れたり、毎日『職場の教養』の感想を書いてもらい掲示するようになってから、スタッフがめきめきと成長するようになりました。

また朝礼発表会に参加し、大きな気づきがありました。スナックの方や建設現場で働く外国人労働者の朝礼を見て、考え方が大きく変わりました。それまで私は職員に対して「もっと大きな声で挨拶実習をして欲しい」「もっとハキハキして欲しい」と思っていましたが、私たちの仕事は病気になった患者さんに寄り添うことです。一辺倒の朝礼ではなく、職種にあった朝礼を今後は行なっていこうと思います。

「教養」とは、自分の判断で行動できることであり、自由になるための技である、と学びました。人は、自分にある良心でいいと思ったことを行い、仲間の考え方にも耳を傾け、自分にない考え方を受け入れていくことが大切だと思います。今では、自分の良心で働くすばらしさを実感しています。ご清聴ありがとうございました。

6月05

城戸雄生・玉名南倫理法人会会長が講話

令和263日、熊本県水俣芦北倫理法人会 経営者モーニングセミナー

講師:玉名南倫理法人会 城戸雄生・会長(マックスジェイティ(株) 代表取締役)

テーマ:「志定まれば道あり」~無敵の人生~

若い時から仕事大好きの私でした。休まないで働くので、成果が上がり、いつも自分は正しいと思っていました。27歳の時に結婚しましたが、妻が病気になったときに、自分が変わるきっかけになりました。

妻は、二十歳で嫁いできて、何でもやっていました。両親が百姓を始めたので、朝から食事を作り、お昼も準備して、その後働きに行って、帰ってからは、農業の袋詰めの仕事まで手伝っていました。妻は食卓で、座って食事をする時間がないほど忙しかったそうです。私は仕事で外に出てばかりいたので、そういう妻のことをまったく知りませんでした。妻も我慢強いのでずっとやっていました。

妻は、病気になり、生命を落としそうになりました。それで、私はやっと気づきました。仕事を1週間休んで、妻を看病しました。そういう状況に追い込んだのは自分でした。少しずつ良くなってはいましたが、大きく改善しません。代わってやりたいと思ってもどぎゃんもできないのです。

そうした中で、私は「ありがとうの実践」を始めました。一日に、「ありがとう!」を千回言う実践です。当たり前のことがいかにありがたいか。あらゆることに感謝する実践を行うようになって、妻が少しずつ良くなりました。

それまで私は、「いいか、悪いか」、「勝つか、負けるか」という考え方で生きていましたが、「正しいことより、楽しいこと」、「人にとってうれしいこと、楽しいこと」を選ぶように、変わりました。「勝つ」ことに価値をおくよりも、「無敵…敵をつくらないことが一番強い」とある方に教えていただいてから、出会った人が全員仲間である、全員が味方になる生き方、これを目指そうと、今思っています。

5年前に倫理法人会に入会しました。その時は、経済的にとても厳しい時でした。でも、いろいろな人に出会えて、考えも変わったという経験をしてから、入って良かったと思います。「無理やりも有り!」と、今では思います。「普及」で人に勧めるわけですが、ほんとうにいいところだったら、行くなといっても行きたくなります。倫理法人会は、学んでいる方が良くなって発展する会です。毎日いい勉強をしています。(以下省略)

5月20

倫理経営インストラクター・姉川敏信氏((有)あねがわOAシステム代表取締役)がMS講話

令和2年5月20日、zoomによるWEB経営者モーニングセミナー

講師:法人局 姉川敏信・倫理経営インストラクター((有)あねがわOAシステム代表取締役)

テーマ:「倫理と共に36年」―全てを受け入れる心―

 

昭和50年4月、三田工業(株)に入社し、55年に退社。同年、「事務機のあねがわ」を創業。平成3年、「(有)あねがわOAシステム」を設立して今日に至っている。S59年、家庭倫理の会に入会、60年に倫理法人会に入会、夫婦で倫理を学んで36年になります。

 

家庭における倫理体験についてお話しします。長女は、小さいころからピアノを習い、素直に成長していました。音楽大学に合格し、久留米を出て東京に行きました。しかし、その後5月の連休に帰省し、7月の夏休みも帰省しましたが大好きなピアノに対する意欲が薄れたようで心配していました。

 

大学2年生になり、成人式を終えて、東京へ戻っていきました。しばらくして、「赤ちゃんが出来た」と電話してきたのです。妻と私はびっくりしました。頭が真っ白になり、声が震えて「冗談じゃない!」と思いました。しかし、頑固な娘は、「授かった命だから、産みます」と言って、産みました。ところが、子供の七五三の時、娘は「もう、この家に住んではいられない」と言って、その家を出て行き、子育てを放棄して離婚してしまいました。

 

その後、娘は全国各地を転々としながらパワーストーンを販売していたようです。娘としては精一杯生きていたのですが、当時の私は、娘の一切を認めずに全否定していました。すでに倫理法人会で倫理を学んでいましたが、倫理の学びとうちは違うと思っていました。

 

8年前の11月に、妻が「どんな問題も全て受け入れよう」と言い出しました。妻も家庭倫理の会で学んでいたので、指導を受けたと思います。その時から、「娘の味方をしよう。今日から、そうしよう」と決意しました。家内と心を一つにして、全部受け入れた途端、状況が変わりました。次男の結婚が決まり、東京に行って就職し、すでに結婚していた長男が、会社に辞表を出して、久留米に戻ってきて、私の会社の後を継ぐことになりました。また、娘は「お母さんの声を聴きたくなった」と電話してくるようになりました。正に、姉川家のスイッチがオフからオンに切り替わった瞬間でした。

 

その一番心配をかけていた娘が6年前に再婚し、一人の子供を授かり、幸せな家庭を築いています。娘の努力もあると思いますが、8年前に妻と二人で心を合わせた瞬間から、全てがいいように回っていったと思います。夫婦が一つになることが家庭も事業もうまくいくと実感しています。夫婦で倫理を学んできて良かったと感謝しています。ご清聴ありがとうございました。

2月25

2月26日(水)のモーニングセミナーは中止になりました!

緊急ではありますが、コロナウイルス対策のため、明日26日(水)から3月10日(火)までのモーニングセミナー、倫理経営基礎講座、経営者の集い、倫理経営講演会が中止になりましたので、ご連絡します。

2月05

久保山文生・熊本県後継者倫理塾塾長が講話

令和2年2月5日、経営者モーニングセミナー

水俣芦北倫理法人会では、毎週水曜日午前6時から7時まで、水俣市内のホテルサンライトで、モーニングセミナーを開催しています。5日は、倫理経営インストラクター 熊本県倫理法人会 久保山文生・後継者倫理塾塾長((有)球磨緑地 代表取締役)をお迎えして、「万境順応」をテーマに、約40分講話を行っていただきました。以下は、その要旨です。

・人間はすべて環境に順応していく力があります。人は、小さな努力で大きな成果を願います。しかし、世の中は、大きな努力で小さな成果しか上がりません。一日一日コツコツ積み重ねて実践してから、自分に身についていきます。

・私は、23年前、家庭倫理の会で「人生三なし」という講話を聞きました。①「人生待ったなし」、②「人生近道なし」、③「人生失望なし」というお話の内容でした。当時の私は、病気になっていて、宿命論で生きていました。人生は仕方がないと、悲観的でした。今では、宿命論は、弱者の思想だと思います。『万人幸福の栞』の第三条に「運命自招」とありますが、これは運命論です。自分の人生は自分で切り開くという生き方が正しい理解です。

・現在、後継者倫理塾の塾長をしています。後継者問題は、どこでも必要とされる時代です。そこでは、まず「自己を知る」ところから始まります。私の場合も、倫理に出会って、自分の本当の姿を知りました。小心者、見栄っ張り、親不孝者でした。自分を知ってからしか、世間を知ることはできません。自分を知り、家庭を知り、会社を知り、社会を知ります。親の恩、社員の恩、家庭の恩、妻の恩を知り、会社経営者として成長していきます。塾生は、短期間に会社経営者としてどんどん成長しています。

・人間生活の基本は夫婦から始まります。家庭はものすごく大事です。衣食住の基本も家庭です。人間形成の場も家庭です。夫婦がうまくかみあっていれば、事業も商売もうまくいきます。子供が潜在能力を伸ばすのも家庭だと思います。

・『万人幸福の栞』の中にある「人」は、「他人」のことではなく、「自分」のことです。「人は案外、浅智恵である」(栞第16条)という場合、自分のことと受け取るのが、正しい理解の仕方です。「病気になったらおめでとう」というのは、他人に言ったらダメです。自分自身に言う言葉です。倫理は正しく学ばないといけません。(以下省略)

倫理経営インストラクターの久保山文生・塾長は、「夫婦仲良く家庭がうまくいって、事業や商売がうまくいくというのが倫理ですから、週に一度のモーニングセミナーに参加して軌道修正して、楽しく学びながら実践していってください」と結ばれました。本日は、人生の基本、倫理の正しい理解の仕方について貴重な講話をいただき、まことにありがとうございました。

1月30

平瀬裕一・熊本県 研修委員長が、講話

令和2年1月29日、経営者モーニングセミナー

水俣芦北倫理法人会では、毎週水曜日午前6時から7時まで、水俣市内のホテルサンライトで、モーニングセミナーを開催しています。29日は、法人レクチャラー 熊本県倫理法人会 平瀬裕一・研修委員長((株)UBrand代表取締役)をお迎えして、「経営に倫理経営を取り入れて」をテーマに、約40分講話を行っていただきました。以下は、その要旨です。

・平成23月、人吉高校を卒業後、熊本市内の理美容室に入社して、美容の修行の道へ入りました。12年に父が肝臓がんを宣告されて、翌年、56歳で他界しました。父は生前、私に「お母さんだけはちゃんと見てくれ」と言いました。私は、翌年30歳の時、思い切って人吉に帰り、夫婦で美容室を立ち上げました。

・平成14年、人吉市Ubrand hairを設立。同年7月に、地域とのつながりを持とうと思い、誘われるままに倫理法人会に入会しました。その後、10年間は時々モーニングセミナーに参加する程度でしたが、25年に専任幹事の役をいただいてから、真剣に学ぶようになりました。

・会社のスタッフとうまくやっていけなくて、何とか変わりたいと思いました。10年目でエステを取り入れてリニューアルオープンしたりしましたが、相変わらずでした。「活力朝礼」を取り入れたら変わると言われて、熊本県の朝礼委員長に会社に来ていただいて、直接指導を受けました。それ以来、活力朝礼を毎日続け、今もやっています。

・現在、支店を含めて3店舗、13人のスタッフで経営しています。倫理経営を取り入れなければ、ここまで来ていないと思います。「信ずれば成り」(信成万事)と栞にありますが、何事も出来たと思って取り組みます。毎日地道に取り組むことで、人間力を磨きます。スピーチをさせることで、話せなかった人が話せるようになりました。

・朝礼では、「昨日良かったこと」の発表や成功事例を挙げて、ほめて、笑顔を増やし、ハイタッチをしてテンションを上げる工夫をしています。「人が輝く企業になる」ことを目標として、倫理の学びと実践に取り組んでいます。(以下省略)

平瀬裕一・法人レクチャラーは、「必ずいいことが起こります。早起きは直観力を磨きます。夢を叶えるために、成功を信じて勉強して、さらに励みたい」と結ばれました。本日は、『万人幸福の栞』第十五条の「信ずれば成り、憂えれば崩れる」(信成万事)の朗読と重なり、平瀬様が、この第十五条を信条として身をもって成功された体験を学ばせていただき、とても心に残りました。貴重な講話をいただき、まことにありがとうございました。

1月25

県南地区倫理経営報告会および八代地区3単会賀詞交歓会を開催しました

■水俣芦北八代地区倫理事業体験発表大会の報告

1/25土曜日 八代ホワイトパレス
16時〜17時20分 発表大会
17時20分〜18時 名刺交換会

事業体験発表者
石本博之会員(八代市)   斉藤良二会員(八代北)
満岡 泰会員(八代中央)  谷端剛一会員(水俣芦北)

倫理法人会の説明 印口普及拡大委員長(八代市)

4名の発表者それぞれ個性的な内容で、どのように苦難に立ち向かい現在に至ってきたのか、みなさん興味深く聴き入っておられました。

4名の発表で80分と長めの講話時間でしたが、話が素晴らしくあっという間に終わった印象です。
合同での開催という事で集客動員から運営まで手分けして行うことができ、いち単会で開催するより負担は少なく内容は充実して良かったと思います。

八代市倫理法人会 研修委員長 西村継義

(写真は左から、谷端会員、斉藤会員、満岡会員、石本会員)

■八代3単会合同賀詞交歓会の報告

会員の交流の場として、八代の3単会合同で1月25日に八代ホワイトパレスにて開催しました。
祝宴の前に余興として男声合唱団メンネルコール。八代北小林会長のソロでの熱唱もあり、男声合唱の魅力を堪能していただけました。
未会員様の参加もありましたが、すぐに馴染まれ祝宴も盛り上がりました。参加された皆様、ありがとうございました。
実行委員長 八代市倫理法人会  大石俊成

■水俣芦北八代地区倫理事業体験発表大会の感想

 石本会員は亡き父親に感謝、遺志を継いでゆく事を決意、活力朝礼のお陰で社員が積極的になり業績が好転した。斉藤会員は後継者である娘に土下座して謝ったこと社員に夢を語ること苦労の末商品開発に成功したこと。満岡会員は新天地を求めて九州の中心である八代に拠点を移した。借金を待ってもらう代償として何年たっても支払いを完済すると決め実践したこと。谷畑会員は笑顔の実践により業績が回復、いつしか借金が無くなっていたことでした。発表者の皆様に共通することは人生の波乱万丈を体験されましたが、倫理指導を素直に受け入れ純粋倫理を学習され、ひたむきに努力して倫理経営を実践されたことでした。

普及拡大委員長 印口八男

1月23

法人レクチャラー 友野秀樹・奄美倫理法人会幹事が講話

令和2年1月22日、経営者モーニングセミナー

 

水俣芦北倫理法人会では、毎週水曜日午前6時から7時まで、水俣市内のホテルサンライトで、経営者モーニングセミナーを開催しています。 22日は、法人レクチャラー 奄美倫理法人会 友野秀樹・幹事((一社)シンクロプラス 代表理事)をお迎えし、「真冬の禊で気づいたハイ!の実践の意味」をテーマに、約40分講話を行って戴きました。以下は、その要旨です。

2003年奄美大島出身の先輩経営者から紹介されて、東京都豊島区倫理法人会に入会しました。07年に専任幹事を拝命してから、モーニングセミナーに参加するようになり、倫理研究所の富士研修に参加しました。

2月雪が降る日の朝、フンドシ一枚で正座をしました。逃げられない状況の中で、「やるしかない!」と思い、冷たさをはねつける感覚でバケツの中の氷水をかぶろうとするとき、研究所の先生から「我慢大会ではありません。肩からゆっくり水をかけてください」と言われました。

・さらに、「ささるような冷たさを感じることを感謝しながら受け入れてください。 冷たいと感じたことに感謝しなさい」と言われました。 その時、「冷たい! ありがとうございます」と。すると震えが来ず 身体が暖かくなる感覚がありました。 受け入れるということは凄いな」と思いました。 この時の禊で、受け入れることの強さを感じました。

・倫理法人会のお役もそうです。忙しいからとか、やったことがないからとか断りがちですが、役を引き受けてやることによって、できなかったことができるようになります。 09年には、東京都倫理法人会の広報委員長を拝命、広報活動の経験はありませんでしたが、東京都会長より 倫理法人会を世の経営者の為に知ってもらえるよう、外向きの広報ができる委員会に切り替えるようチャレンジしてほしいと言われました。

・東京都の60単会の広報リーダーとして、初めてフェイスブックのグループコミュニケーションの活用を導入しました。 フェイスブックやスマホの研修会なども行いました。 豊島区で率先して行い、見本を示していきました。その後、豊島区倫理法人会会長や東京都城北地区長を拝命したり、話すことが苦手だった自分が、ラジオ番組のパーソナリティを10年やるなど予想もしない事ができるようになりました。

友野秀樹・法人レクチャラーは、「偶然はない。出会った縁を気づけるか気づけないか、生かせるか生かせないか、だと思う」と結ばれました。 とくに倫理法人会の役を受けたときは、「できるか?できないか?ではなく、頼まれたら受ける。これをした結果やれることが格段に増えました」と強調され、役職に積極的に取り組むことを奨励されました。 講話の一部しか紹介できませんが、たくさんの素晴らしい経験を披露していただき、まことにありがとうございました。

1月09

村上尊宣会長が、モーニングセミナーで講話(要旨)

令和218日、経営者モーニングセミナー

水俣芦北倫理法人会では、毎週水曜日午前6時から7時まで、水俣市内のホテルサンライトで、経営者モーニングセミナーを開催しています。8日は、熊本県倫理法人会 村上尊宣・会長((株)エコファクトリー 代表取締役)をお迎えし、「『原点回帰』 熊本県倫理法人会 会長を拝命して」をテーマに、約40分講話を行って戴きました。以下は、その要旨です。

・私は、八代郡竜北町に昭和40年に生まれました。3歳の時母が亡くなりました。父が32歳、母が29歳でした。父は心が病み入院したため、祖母が母親代わりになり、姉と私を育てました。祖母も私が小学4年の時、半身不随になり、厳格な祖父が祖母の介護をしながら私達二人を育ててくれました。 幼い二人の夢は幸せな家庭でした。

・おかげさまで私は中学、高校を卒業し、夢が叶い25歳で結婚し、26歳で長男を授かりました。事業は、31歳で独立し、建築設計事務所を開設。くまもとアートポリス推進賞などを受賞したり、34歳で本社ビルを建設、早い事業展開でした。夢が叶い、温かい家庭と安定した暮らしで自己実現することが出来たのです。

・そうした中、仕事が忙しくなり、社員を増やしました。すると仕事がない時も給与や社会保険などの経費を払わなければなりません。経営者としてのプレッシャーから、社員に自身の苦悩をぶつけるなど我流経営の負のスパイラルにもがき奔走する日々から、孤立する不幸な経営者になって行きました。 経営者仲間からある奉仕団体のお誘いを受け、夜のお付き合いも頻繁になり、チヤホヤされて生活が夜型になり、出勤が社員よりも遅れるようになりました。

・結果として、自分中心の我流で、我儘な経営者でした。この社長にはついていけない!社員の退職が続き、定着しないようになりました。 私は、厳格な祖父から小さい頃から育てられましたので、芯は真面目で一生懸命なのですが、自身の不甲斐なさから会社経営のやり方がわかりませんでした。どうしたらいいのか、もがき苦しみました。その頃に倫理法人会の方から声掛けしていただき、モーニングセミナーに参加しました。

・熊本市内で有名な企業経営者の方々が、朝6時から明るい雰囲気で、てきぱきと動かれ、明るく倫理経営を勉強されている姿を見てびっくりしました。「入会したい。仲間に入りたい」と思いました。平成1510月に入会、その後お役をいただき、倫理を学び実践し多くの倫理体験を得て、倫理経営の確信と共に徐々に私自身が変われたと思います!おかげさまで会社も随分と良くなり、会社が随分明るくなりました。社員の定着率も改善され、社員の中から役員が出るなど、会社の組織も強固なものとなりました。

・倫理法人会主催の経営者の集いからの気づきを得て、会社でエコ住宅の開発と省エネルギーシステムを独自に開発しました。今では、国内全域と海外展開も進み、右肩上がりの奇跡的な事業展開になっています。「万人幸福の栞」を常に胸ポケットに入れて、何かあるとパッと開いて回答を得る。倫理手帳に1年間の県会長のスケジュール予定を先約とし、倫理を中心とした生活になりました。

・常に純粋すなおな心持ちでのハイの実践!気付いた事は即行即止の実践により、課題を好機に変える! 新たな着想や、より良い好循環の倫理経営が出来る様になりました。 世の為人の為と原点回帰しお役に徹して実践していると、不思議に奇跡的なご縁や、有り得ない良い事が次々と起こる! 今では不思議な倫理の世界(幸せになる法則)に触れ、それを感じる度に、感謝の日々です。

村上会長は、「倫理法人会のお役のおかげで、自己革新が出来ました。そして私自身も、家庭も、会社も救われました。」と強調され、「幸せになる倫理法人会を、明るく楽しく普及していきましょう、【倫理法人会会員心得】を、【幸せになる倫理法人会会員心得】と解釈し、 1.朗らかに働き喜びの人生を創造します。 2.約束を守り信頼の輪を広げます。 3.人を愛して争わず互いの繁栄をねがいます。 人の喜び我が喜び、倫理経営で救われた経営者の一人としてのご恩返しの真心で、倫理を広める! 悩み多き現代の経営者の皆さんに、この倫理経営のすばらしさをお伝えする私達の取り組みを、原点回帰として、皆さんと共に直向きに取り組んで参りたい。1年間どうぞよろしくお願いします。」と結ばれました。  本日は、倫理経営のモデルになるような貴重な体験を披露していただき、まことにありがとうございました。