熊本県倫理法人会

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3月04

「倫理を学んで」熊本県 市原・青年委員長が講話

令和3/3/3(水)熊本県 水俣芦北倫理法人会 モーニングセミナー

3月3日、水俣芦北倫理法人会のモーニングセミナーでは、熊本県倫理法人会 市原功一朗・青年委員長(()日進塗工 取締役)が、「倫理を学んで」をテーマに話されました。以下は、講話の要旨です。

私は、1974年生まれの46歳です。奥さんは一つ年上です。とても強い人で、「金のわらじを履いてでも探せ」と言われますが、本当だろうか?と思っていました。7年ほど前、倫理経営講演会に参加した時、「夫婦円満の秘訣は、奥さんの話を『うん、そうだね』と言いながら、聞いてあげることです」と教えていただきました。それをすなおに実践していたら、だんだん仲良くなって、会社の売り上げ実績もだんだん伸びていき、倫理の実践はすばらしいと思っています。

自己紹介します。1995年に高校を卒業した後、料理の鉄人になりたいと思い、ホテルキャッスルに入社しました。将来、自分のレストランを持ちたいと思い、10年間働きました。遊びも大好きでしたので、夜も遊んでいましたが、体を壊して3か月入院しました。競争して仕事をしている職場だったので、退院して帰ったら、自分のポジションがなくなっていました。そういう私を見た父が、見るに見かねて、帰ってこないかと誘ってくれました。それが今の塗装の仕事をするきっかけになりました。

はじめは、塗装の仕事と料理人の二足わらじで働きました。昼間は塗装の仕事、夜はレストランで働いたら、休む時間がなくて精神衛生上きつかったです。イライラして人とぶつかるようになったので料理の方を辞めました。すると、家業を手伝いながら父とぶつかるようになりました。もやもやしている時に倫理法人会の誘いを受けて入会しました。

数か月後に、自分が探しているものがあるかもしれないと思い、富士研に参加しました。カリキュラムの中で「あなたは誰のおかげで生きているか」とたずねながら瞑想しているときに、父親の存在に気づき、感謝の気持ちがわいてきました。父親のために仕事ができるということが有難いという気持ちを本当に持つことができるようになり、それから仕事がきつくなくなり、やりたくないという思いがなくなっていきました。初めて仕事に志が生まれました。倫理法人会に入っていなかったら、イヤイヤ仕事をしていたと思います。

熊本地震の時は、私の住んでいる御船の家は全壊になり、熊本市内の実家に戻りました。父と母は、東京の妹のところに行きました。2回目の本震の時に、その実家も大規模半壊でダメになり、避難所生活になりました。仕事は忙しくなり、朝から晩まで2~3か所、ブルーシートを張って回りました。昼間は、仕事で外回りをして、避難所に帰り、お風呂に入ったりしていましたが、充実していました。「これが良い」とやれることを一つずつやることが、充実していて、倫理を通して心の持ち方を教えていただきました。

失敗したこともあります。知り合いの方からリフォームの仕事を紹介していただき、無事に完了して、お礼の電話をしたときに、電話に出られませんでした。メールでお礼を済ませました。時間が経過して、宴会の時に、その知人と再会したのでお礼に行ったとき、「お礼の報告がまったくなかったよ」と言われてしまいました。そして、「あなたは誠心誠意仕事をやりましたか」と聞かれて、素直にハイと言えませんでした。仕事を紹介して下さった方への感謝の気持ちを伝えることが大事だったのに、十分に伝わっていませんでした。

その後、会社を訪問して素直に謝り、感謝の気持ちをお伝えしました。その方とは今もいい関係を続けさせていただいています。素直に謝りに行くことができたのも倫理法人会の学びのおかげだと思います。ご清聴ありがとうございました。

この講話文(要旨)は、講話者の承諾を得て掲載しています。