熊本県倫理法人会

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7月14

【水俣芦北】吉村郁子・法人レクチャラーが講話

水俣芦北倫理法人会 令和4年7月12日(水)経営者の集い

 

7月12日(火)の経営者の集いは、福岡県倫理法人会副幹事長 吉村郁子・法人レクチャラー((株)原田百貨店取締役)「~本(もと)につながる~」をテーマに講話を行いました。以下は講話の抜粋です。

1962年1月、4人きょうだいの次女として生まれました。祖父が大正時代に創業した原田百貨店の3代目の父と勤労歓喜のお手本のような母との間に生まれました。

1992年結婚を機に家業の原田百貨店に勤務するようになり、併せて法人会や婦人会をはじめ地域のためのボランティア活動を幅広く行っていました。そうした中で、「NPO法人京都(みやこ)ドリーム21」の知人から、「行橋市に倫理法人会を立ち上げるので協力してほしい」と頼まれ、ただ協力するつもりで2016年5月入会しました。

会社は一番小さい百貨店かもしれませんが、学校の制服や体操服などの製造販売をしています。中学3年間は一番成長し体型が変わりますが、3年間着てもらうために一つ一つ補正するようにしています。ネームはコンピューターミシンを使いすべて会社で作っています。

入学式の前は納期が迫りすごく忙しくなります。私は、すごい量をキチンと納めるために夜遅くまで働いて努力していました。倫理で100年続く企業がいかに凄いかを学んでから、私ができる範囲でやってみようという自覚が芽生えてきました。

父は、普段から「この店は自分たちで終わってもいい」と言っていて、私がやっていることについて、父は「そんなことやらなくていい」と言うようになり、私はだんだん父に反発するようになりました。そして、遠方にいるきょうだいたちのことを父が良く言うので、私は父と話すのも嫌になってきました。

倫理では、父とうまくいかないのは良くないこととわかっていましたが、一生懸命やっているのに認めてくれないので、父との確執を感じていました。自分が変わらないと他人は変わらないと学び、父に対して悪かったと思って謝ろうとしたら、父の方から話しかけてきてビックリしました。倫理は凄いと感動しました。

その後も「自分は悪い」と思えないときがありました。父と意見が合わず衝突した次の日、会社のスタッフから父が病院に行ったことを聞きました。付き添った母から、心臓の血管1本が流れていないので、すぐに手術すると連絡があり、私ははじめて「父がこのまま亡くなったらどうしよう。」と考えました。怒った顔の父と最後の別れなど一生後悔すると感じました。自分の我の強さを反省して、気持ちを変えようと決意しました。

病院へ行ったら父と面会することができました。怒った顔しか見ていなかったのですが、「心配かけたね」と父が笑顔で話してきたので、願いが叶って本当に良かったと思いました。

私は長年手仕事をしているので、手が慢性腱鞘炎です。倫理指導を受けたら、「右うでが必要ということです」と言われました。また、ある方から「お父様と通じていますか。本(祖先)と通じていないのに下とつながることはない」とアドバイスをいただき、本につながることを意識して実践したら(父との関係)、3年前に退職していた従業員が戻ってきてくれました。また、取引先メーカーの所長が倫理法人会に入会してくれました。そして入札で3つの学校の新しい仕事を得ることが出来ました。家業に興味を示していなかった息子も店を手伝ってくれるようになり、本につながることで、このような体験をすることができました。

祖父の50回忌の時に祖父が書いた「私の人生観」と題する手記を見つけました。それには明朗生活や社会貢献など倫理的な言葉が家訓として書かれていました。今では、お店の仕事の方もしっかりやろうと決意しています。ご清聴ありがとうございました。

講話文は、講話者のご承諾をいただいて掲載しています。

(写真は翌日の「モーニングセミナー」)