熊本県倫理法人会

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7月20

【水俣芦北】落合里美・熊本市委員がMS講話

令和5719日のモーニングセミナー(MS)では、熊本市倫理法人会 落合里美・運営委員((一社)熊本県建物環境改善協会理事)が「父の蒸発…32年ぶりの再会Part2」をテーマに講話を行いました。波乱万丈の人生経験を通して、倫理の救いを実感しました。

・私が倫理法人会に入会したきっかけは、ある経営塾で何度もMSに誘われていて、一度参加したとき歌を聞いた時点で、楽しそうだと思い、入会しました。

・本日は、私の実体験についてお話します。私は、1981年大牟田市で生まれ、その当日に家が全焼しました。出火原因は隣の寝タバコでした。生まれた日が一日ずれていたら私の命は存在していたかわかりません。

45歳のときに、私の父が蒸発しました。小学校に上がる頃、母は昼夜働くようになり、子供だけの生活が多くなりました。電気や水道が止められることも多く、兄がアルバイトをして母を助けました。寂しい家庭だったので父に会いたいと心の中で願っていました。やさしい父の記憶しかありませんでした。

・私は学校でイジメにあったり、大けがをして学校に行かなくなり、小学校3年生から不登校になりました。小5のころ、自ら命を絶つことを考え、畑に穴を掘って死のうとしました。しかし、耐えられずに穴から抜け出して死ねませんでした。日常に戻り、ある日家に帰ると、玄関や窓など家中に板が打ち付けられ、入れない状態になっていました。

・私と兄は児童相談所に預けられました。ご飯が食べられ、温かい布団があり、お風呂に入れて感じたことのない幸せな時間でした。しかし、児童養護施設に移ってからは暴言や暴力が当たり前の全く違う世界でした。そうした中で、親はいるだけで有難いと思うようになりました。

・施設を出てから介護の仕事に就き、天職と思って働きました。26歳の頃、人間関係のストレスで悩み、働けなくなり、介護の仕事を辞めました。27歳になって熊本へ来ることになりました。11年後、大牟田市役所から連絡があり、父の電話番号を知ることになり、「ふざけんな」と思いながらも京都にいる父に会いに行きました。怒りの感情のまま行きましたが、顔を合わせたら「お父さん、元気だった?」という言葉がでました。文句を言うために行ったのに、感謝の言葉が出て来て、自分の成長を見てもらいたかったのだと思います。父の存在は有難いと感じました。

・倫理に出会ってから、誕生日は親に感謝を伝えるべき日だと学びましたので、また父に会いに行きました。二度目の再会です。父に命をいただいているのに、求めることばかりだったと反省しました。難聴の父を車に乗せながら走る父との空間が心地よくて幸せだと感じました。

・しかし、父親の病院からFAXをいただき、「今後のことについて話がしたい」と言われた時、素直に「はい」と言えません。頭ではわかっていたが、心がついて行かずに苦しくて倫理指導を受けました。そのとき「それほど頭でわかっていればきっと乗り越えられる」と言われました。

・私は倫理を学んでから、栞の「明朗愛和」(61頁)にある「人を生み、育て、やしなう、これは親の愛である。家庭をつくり、社会をいとなみ、人の世の幸福と文化を生み出すもとは、人の愛である」を読んで、父の苦しみと子供に対する愛に気づかせていただきました。32年と言う月日が流れましたが、また父の誕生日月に会いに行きたいと思っています。

この講話文は講話者の承諾をいただいて掲載しています。