【水俣芦北】松永和典・専任幹事がMS講話、富士研の報告
テーマ:「モモちゃん富士研へ」
令和8年3月4日(水)の経営者モーニングセミナー(MS)では、水俣芦北倫理法人会の松永和典・専任幹事(元気な地域つくり隊KRTN-Pro代表)が、「モモちゃん富士研へ」をテーマに講話を行いました。松永氏は、「倫理法人会に入って講話者から、富士研に行った話をよく聞いていたので、一年前から参加したいと思っていた」と切り出し、自己紹介しながら、富士研のホットなエピソードを披露して下さいました。以下は講話の抜粋です。

・1964年10月9日、芦北町生まれ。熊本県立水俣高校卒業後、郵便局へ就職。42年間勤務したのち、2025年3月、日本郵便(株)湯浦郵便局長を最後に60歳で退職。その後、元気な地域つくり隊KRTN-Proを設立し、ボランティア活動に勤しむ。2021年10月、倫理法人会に入会、幹事等を経て、25年9月、専任幹事を拝命、さる2月27~3月1日まで富士研に初参加してきた。
・現在は、娘3人が独立して、妻と母、ヤギ5匹と同居している。倫理法人会入会のきっかけは、ヤギのモモちゃんの存在が大きい。ヤギのことで川口牧場の川口誠二さんからアドバイスをいろいろ受けていたが、倫理法人会の紹介を受けて、入会を決めた。妻もヤギには一生懸命で、賛成してくれた。私にとっては、ヤギのモモちゃんがいたから、倫理につながったと思っている。
・モモちゃんは、子ヤギ2匹を産んだ後、23年に体調が悪化し、食欲がなくなり、死亡した。かわいそうなことになり、自分にとって苦難であった。そうした中で倫理の学びから「こういうこともある。これでよし。残りのヤギをモモちゃんの分まで育てよう」と心の整理が出来て、落ち込まずに乗り越えられた。
・私は、モモちゃん人形をポケットに忍ばせて富士研に参加した。「親父に褒められたくて」という事業体験報告の講話を聞いて、父親のことが思い出されて涙が溢れた。父は、私が24歳の時に52歳でなくなったが、当時に立ち返り、父と話せた気がした。祖父と祖母、父と母、私と妹の6人で生活していたが、父がなくなったので、私が生活を支えなければという気持ちになった。その後、私は結婚して家族があったが、父を亡くした母は、どういう気持ちだったかを理解していなかった。振り返ることが出来てとても良かった。
・父は、まじめでコツコツ仕事をする人だったが、なぜ、こんなに若くしてなくならなければならないのか?という気持ちだった。私には、父に褒められたい、認められたいという気持ちがあったと思うが、父に褒められた記憶がない。父のことには蓋をしてきた。ずっと心を閉ざしてきたような気がした。
・私の中では「もしかしたら、モモちゃんが父ではないか」と思えた。父が川口さんと引き合わせ、倫理法人会に出会い、富士研まで一緒に連れて来てくれた。父のお陰で富士研に参加し、いろいろな人に感謝するようになり、妻に感謝する気持ちが深くなったと思う。
・私の妻は、いつも私に気を遣ってくれている。つまり、私は甘えている。「ありがとう」とは言ってきたが、妻の行為が当たり前になっていた。「ありがとう」の反対語は、「当たり前」である。妻の気遣いを当たり前に受け止めており、感謝の心が足りないと思った。
・妻は、私のやることには反対しない。60歳で郵便局を辞めることも「あなたの人生だから」と言って反対しなかった。今は無職で収入がないが、「何とかする」と言ってくれている。そういう妻に対して、「いろいろな場面で、ねぎらいを伝える実践を始める」宣言をすることができた。
・KRTN-Proでは、5つのプロ(プロジェクト・プロフェッショナル・プロデュース・プロムナード・プロローグ)の中に「プロムナード:散歩」があるが、私自身が歩いていなかった。富士研で散策してみて歩かないともったいないと思った。道をきれいにして、生活しやすい環境づくりをしているのに、歩かないともったいない。父も一緒に活動してくれているのではないかと感じ始めた。
・わたしは今職業についてはいないが、元気な地域つくり隊KRTN-Proの活動が、意義や使命があると思うので、メンバーとしっかり楽しんで行動していきたい。小さい団体であるが、一歩を踏み出すことで何かが変わると信じて取り組んでいきます。ご清聴ありがとうございました。


