熊本県倫理法人会

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4月27

【水俣芦北】水本和也・熊本市倫理法人会幹事が講話

テーマ:「苦難福門~倫理に導かれた私の再出発~」

令和8422日(水)の経営者モーニングセミナー(MS)では、熊本市倫理法人会の水本和也・幹事((株)武田商事・TAKEDAトラベル 営業本部長)が、「苦難福門~倫理に導かれた私の再出発~」をテーマに講話を行いました。コロナ禍で旅行業の仕事がなくなりうつ状態になられましたが、妻の提案で仕事を辞め、母親が一人で住む生まれ故郷に戻り、再就職して感謝の日々を過ごしておられることに感動しました。以下は講話の抜粋です。

・私は、昭和38年熊本県八代市東陽町に生まれた。倫理と出会ったきっかけは、約30年前に本屋で「朝の豊かな過ごし方」に出会ったことだった。その本の後ろに倫理法人会と書いてあり、当時住んでいた北九州の倫理法人会事務局に電話した。するとモーニングセミナーを勧められ、翌日参加した。会場に入ると、参加者から一斉に満面の明るい挨拶をいただき感動した。それから毎週モーニングセミナーに通い入会した。

・私は、農家の4人兄弟の末っ子として生まれた。小川工業高校を卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に就職した。2年勤務した後、旅行好きが高じて観光の専門学校に2年間通い、旅行会社に転職した。営業やツアーの添乗員の仕事で充実していた。取締役になり経営に関わるようになった頃に、倫理法人会に出会った。

・北九州市倫理法人会で24年間在籍した。専任幹事や会長を歴任して設立実行委員長として小倉倫理法人会の設立に携わった。多くの学びと素晴らしい仲間に恵まれた。ところが、2020年、コロナ禍になり予約していたお客様からキャンセルの電話が相次ぐ事態となった。さらに会社の社長が病気で急逝し、苦渋の決断で会社は廃業に追い込まれた。長年築いてきた会社がなくなり、ほんとうに辛かった。

・半年後、バス会社に就職した。そこでは運行管理の資格をとり、朝4時頃から夜10時、11時ごろまで毎日のように働いた。交代要員がいないため、心も体も病んでしまった。しばらくうつ状態になり、自ら命を絶とうとしたこともあり、どん底の状態になった。

・家族が心配し、妻から「仕事を辞めていいよ。全部捨てたらいいよ」と提案があった。そこで私は、熊本のふるさとに母親が一人で生活していることに思いをいたし、43年ぶりにUターンを決意、単身赴任であるが新しい一歩をスタートした。

・幸い熊本市内に旅行業務取扱管理者を希望している求人があり、現在の武田商事に入社、昨年1月から勤務するようになった。その会社に倫理法人会の「職場の教養」が置いてあった。実は、当時熊本市倫理法人会の会長だった山下慶一郎氏が会社の顧問だった。私は、久しぶりに倫理という言葉を聞いて懐かしくなり、すぐに熊本市倫理法人会に入会した。

・入会後、県下一円の全27単会のモーニングセミナーに参加した。1月から4月まで周り、最期が水俣芦北倫理法人会だった。ちょうど1年ぶりに講話に招かれて、とても奇遇に思う。私にとって再就職と倫理活動の再開が、人生の再出発となった。

・今年2月、2泊3日で富士高原研修所の経営者セミナーに参加した。10年ぶりの参加となったが、とても心が洗われた。自照静坐の時間があり、人生でお世話になった方への思いを馳せた。50年前に47歳でなくなった父や妻や母のことが思い浮かび感謝の心が溢れてきた。

・そして95歳の母に感謝の手紙を書いた。涙が出て来てなかなか書けなかったが、3枚の便せんに自分の気持ちを表現することができた。「母の子供で良かったよ。私を産んでくれて本当にありがとう」と結びを書いて、帰宅してから直接母に手渡した。母は、「ほんとうにありがとう」と言って、涙ながらに喜んでくれた。親と子のつながりを感じた瞬間だった。

・苦しい時期があったが、今では意味があったと思う。皆様とお会いできて本当に有難い。倫理法人会に入っていなければ、現在の私はなかったと思う。これからも皆様と一緒に、明るく、楽しく、自己革新を毎日実践していきたい。ご清聴ありがとうございました。